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富貴の家にうまれ出るは、前世の種成。兎角人は善根をして、家業大事にかくべし。池田・伊丹の売酒、水より改め、米の吟味、麹を惜まず、さはりある女は蔵に入ず、男も替草履履はきて出し入れすれば、軒をならべて、今のはんじゃう、舛屋・丸屋・油屋・山本屋・酢屋・大部屋・大和屋・満願寺や・加茂屋・清水屋・此外次第に栄て、上ゝ吉諸白松尾大明神のまもり給へば、千本の椙葉枝をならさぬ、時津の国乃隠里かくれなし。
                       『西鶴織留世乃人心』
                           一、津の国のかくれ里より

 
 

金があって地位も高い家に生まれるのは、前世に善い行いをしたからである。とにかく人間は善根を積んで、家業は大切にしなければならない。池田や伊丹で売り出す上酒は、まず水から吟味し、良質の米を選び、麹を惜まず使う。月の障りのある女は蔵に入れず、男でも草履を履き替えて酒の出し入れをするほど念を入れるので、軒を並べて今の酒屋の繁盛がある。舛屋・丸屋・油屋・山本屋・酢屋・大部屋・大和屋・満願寺や・加茂屋・清水屋など、この他の酒屋も次第に栄えている。酒の神業の松尾大明神が守って下さるので、酒屋の看板に掲げた千本の椙の葉が吹く風に枝も鳴らさないほどの恵みを受けて、津の国の隠れ里であるここは、酒の名所として世に隠れもないのである。 かくれ里とは、人目に触れないところにあるという裕福な村落。多く理想境、仙境の意味に使う。伊丹は摂津の奥まった所にあり、酒造業で裕福な商人が多かったのでこう呼ばれた。
 
                      出典:『西鶴織留』より


 
 

井原西鶴(1642〜1693)

江戸時代前期の代表的な浮世草子作家。「日本永代蔵」や「好色一代男」など、数々の名作を残している。伊丹には頻繁に立ち寄り、その作品で当時の伊丹を紹介している。



 

場所:有岡公園内

 

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