トップページ

天日神社

荒牧3丁目16-54  市バス「荒牧」











天日神社 山車


天日神社は、荒牧の氏神で、集落の西北に鎮座しています。荒牧は、天神川、天王寺川が流れ、北に長尾山があって、古くから開けた所で、神社の由来は、天が授けた土地という意味で天日神社といったと言います。

創建はよくわかりませんが、社務所の庭にある古い手水鉢には貞享元年(1684)の銘があり、また、古い鳥居には宝永元年(1704)の銘があるので、江戸時代中頃には神社が存在していたとみてよいと思います。

なお、昭和55年に社殿を改築したときに棟札が出てきたとのことですが、現在は所在不明となっています。

祭神は、正勝吾勝勝速日天忍穂耳命(まさかつあかつかちはやひあめのおしほみみのみこと)であると伝えています。御神体は、鏡とも、石の玉であったとも言われています。主な造営物として、正面奥に近年新しく建てられた鉄筋の拝殿、その奥に本殿があります。この本殿は、向唐破風(むかいからはふう)つきの一間社春日造の建物で、屋根は、柿葺ケヤキの素木(しらき)造。建立年代は不明ですが、細部の形式からみて17世紀から18世紀初期の遺例とされています。

天日神社の地車は、明治23年、大阪住吉郡住吉の宮大工「大佐(だいさ)」の製作で、当時の金額で500円の製作費でした。「大佐」とは、大工の佐兵衛に由来する名称で、安土桃山時代末期から昭和30年代までの永きにわたり摂河泉に君臨した宮大工で、泉州岸和田の地車工匠が、一目も二目もおく由緒ある名門大工であります。この「大佐」製の地車は、住吉型と称され、主な特徴は、大屋根・小屋根の段差が大きく、柱に透かし彫りが施されています。平成四年鳥居が新調されましたが、阪神大震災でこわれその後新しくなりました。





目次