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素盞嗚神社

中野北1丁目5-3  市バス「中野」北10分





素盞嗚神社


神社の建立は、不明とされていますが、江戸時代初期、浅野孫左衛門が中野地区を開発した際に、神社用地四反四畝(4364u)に社を建設して村の氏神として牛頭天王を祀ったのが初まりと伝えられています。明治に入って神仏分離政策がとられ、祭神を記する必要がありました。素盞嗚尊は、「クニツカミ」で、仏教でいう牛頭天王が日本に現れたときの姿であるという説があり、祭神として素盞嗚尊を祀り、以後、素盞嗚神社と呼ばれるようになりました。

本殿は、流造り桧皮葺で覆屋があり、立派なものであったようですが、阪神淡路大震災で全壊し、平成14年には立派に再建されました。参道入り口の鳥居は、平成8年春復旧されています。なお、本堂の北西の隅に浅野霊神社があり、初代庄屋の浅野孫左衛門が功績を称えられて祀られています。

天保二年(1831)素盞嗚神社の神官であった杉山周善が、自宅で寺子屋を開いて子弟の指導にあたりました。それが後の中野分教場の前身といわれ、伊丹で最初の教育施設で隣接する公園に碑があります。








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