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常休禅寺

中野北二丁目  市バス「中野」北10分





常休禅寺山門






法雄山常休禅寺
(じょうきゅうぜんじ)はを黄檗山万福寺(おうばくさんまんぷくじ)を本山とする寺で、新田中野開田の祖、浅野孫左衛門のゆかりの寺です。

黄檗山万福寺の第二代木庵性稲(もくあんしょうとう)によって開山され、天和二年その弟子の彗極道明を初代としています。小浜(宝塚市)奉行の伊東祐之が延宝八年(1680)に諸堂を建立しました。新田中野村開創、浅野孫左衛門の三代孫左衛門が、貞享三年(1686)に一向宗から改宗しました。三代、雪門元亨のときから武蔵国忍藩阿部氏が中野村で陣屋を構えている期間、祭米40石の祿が与えられていました。したがって、伊東氏・浅野氏忍藩ゆかりの墓碑などが建立されています。

寺の正面に中国風の朱塗りの山門が建っています。中央の屋根を高くして、両方の屋根が低くしてあります。うまく組み合って重層のように見えます。屋根の上に、摩伽羅(まかる)という魚を一対のせています。中央にかかげてある「法雄山」の額は、木庵和尚の書です。

山門を入ると、白い石畳が本堂までつづいています。石畳は龍のうろこを表しており、両側に長方形の切り石を置いてまんなかに真四角な石をひし形に並べた独特な形です。

本尊は、釈迦如来の座像で、境内には郷土の偉人、浅野孫左衛門尉守定の墓があります。寺では、八月十五日には盂蘭盆施餓鬼会が、ハスの花が咲く本堂で行われ、住職が大導師となって門中寺院ともども盛大に供養をしています。






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