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徳川家の譜代大名。武蔵国岩槻藩主。数々の軍功を挙げ、寛永3年(1626)大坂城代となります。これにより摂津国で加増を受け、伊丹市域では酒井村、岩屋村など8カ村が領地になりました。正次は正保4年(1647)に亡くなり、生前正次が好んでいたこの地で火葬に付され、墓所も作られました。阿部氏の領地は正次の死後、慶安元年(1648)まで続きました。

■阿部正次の墓(松源寺)



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