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平安時代中期の女流歌人で、中古三十六歌仙の一人です。幾多の恋愛をした情熱的な歌人。百人一首には以下の歌が収められています。

あらざらむ この世のほかの 思ひ出に 今ひとたびの 逢うこともがな

長徳2年(996)和泉守橘道貞と結婚し、夫の官名から和泉式部と呼ばれるようになりました。各地に和泉式部の墓や塔と称するものがあり、伊丹にも伝和泉式部の墓があります。冷泉天皇の第三皇子為尊親王との恋愛から始まり、為尊親王死後、弟宮の敦道親王と恋に落ち、『和泉式部日記』にこの頃のことを書き綴っています。この間、藤原道長娘一条天皇の中宮彰子に紫式部などと仕えました。
晩年、藤原道長の家司藤原保昌と結婚し、保昌が摂津守に任ぜられ、川辺郡平井に住むようになりました。


■伝和泉式部の墓



■歌碑(瑞ヶ丘公園)




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