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幕末の国学者、歌人。夏目甕麿の長子で「柿園」と号しました。昆陽正覚院に亡き父の墓参に折々訪れ、和歌を遺しています。
18歳で和歌山の藩医加納伊竹に引き取られ養子となりました。父から和歌を学び、本居太平に国学を学びました。和歌、国学に秀で父を凌いだといわれています。安政3年(1856)紀州藩の国学所教授、更には総裁に就きました。伴林光平、中村良顕(伊丹の歌人)は諸平の門人です。


■歌碑(寺本児童遊園地)








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