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江戸時代後期の国学者で歌人。
甕麿は遠州白須賀の豊かな造り酒屋で名主の家に生まれました。25歳で郷士の国学者内山真竜に、翌年本居宣長に、宣長没後本居春庭に師事しました。『古野の若菜』『万葉集摘草』など多くの著書があります。

42歳のとき、名主を退き、自宅に多くの萩を植え萩園と称して、著作にいそしみました。文政4年(1821)上方への旅に出て、昆陽宿を拠点に近郊を訪ねました。翌年昆陽池に浮かぶ月を愛でていて、酒に酔って池に浮かぶ月を取ろうとして溺死したといわれています。正覚院に墓碑があり、「萩園の奥墓」と刻まれています。加納諸平は長男です。

■歌碑(昆陽池公園)




■墓碑(正覚院)





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