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明治〜昭和の四条派画家で教育者。晩年伊丹に移住しました。
京都伏見に生まれ、明治8年(1875)に四条派画家渡辺祥益に入門し、日本画家として世に認められるようになりました。特に明治23年(1990)に昭憲皇太后が法隆寺に行啓されたとき、また明治25年にロシア皇太子が来日した際に、法隆寺より依頼され、献納図として同寺冥景を描きました。南嶺は画家の道を歩む傍ら大阪府立堂島高等女学校に奉職しましたが、大正7年伊丹の酒造家第11代小西新右衛門の勧めで居を伊丹古城下に移し、「古城庵」と名付けました。跡地に上田南嶺「古城庵跡」の碑が建っています。「有岡八景之図」「猪名川真景之図」など伊丹にちなんだ多くの作品をのこしています。


■古城庵



■猪名川真景之図(一部)




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