「行基町」は昭和32年12月の町名変更によって、伊丹字美山町・相生町・破塚の区域が行基町1丁目~4丁目となりました。 新町名(行基町)のもととなった伊丹字行基田は、僧・行基(668~749)の開拓した良田であったとの説があり、現在も行基町3丁目の水路に「行基橋」が架かっています。 行基町の東を通っている県道山本伊丹線は、昭和44年に拡幅されて道路整備が一層進みました。 また、西を流れる金岡排水路は昭和32年度から7年かけて完成し、瑞ケ丘・桜ケ丘・千僧地域などの宅地からの雨水を円滑に排水しています。 旧地名の由来については、推測ですが千僧字桶掛田は用水桶で水を導いていた田であるところから、また千僧字野末は千僧村域の南端に位置するところから名付けられた地名であろうと思われます。 その他、地図に表示している多数の旧地名がありましたが、平成8年11月の町名変更により行基町1丁目~3丁目に編入し、使われなくなりました。 |
※現在、看板は金網の中にあり、見えにくい状態になっています。 下記に、金網のない状態での写真が表示していますが、 これも画像が小さくて文字が見えにくくなっています。 |
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