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 寺本の地名は村の中心に昆陽寺があることに由来すると思われます。昆陽寺は天平3年(731年)に僧行基が創建した昆陽施院の後身であるといわれ、村の中心の堂山に位置しています。集落は寺の東西の東ノ町・西中町などにありました。
 この表示板の前を通る道は、昆陽寺へ参詣する行基道です。昆陽寺には、いくつかの塔頭(同じ敷地内に建てられた小院)がありましたが、現在は正覚院、成就院、一乗院、遍照院が残っています。
 池尻道に沿って水路があります。これは武庫川から取水した昆陽井の本流です。昆陽井は、昆陽寺の前を東に流れ、寺本村を過ぎた所で、昆陽陽水・御願塚用水などに分かれ広大な田畑を潤していました。
 昭和55年8月に町名が変更されるまでは、ごらんのような地名が使われていました。旧地名のうち、奥畑は新しい町名として使われています。また、花里の地名も市立花里小学校の名称として現在に受け継がれています。


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