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 「御願塚」の地名は文禄3年(1594)の検地帳に初めてみえます。
地名の由来としては、@五世紀に造られた御願塚古墳のまわりに四つの倍冢があり あわせて「五ケ塚」と呼ばれたことから、A天平勝宝年中(749年〜757年)に聖武天皇が御願成就を願って行基に四九の寺院を造らせ、また中央に塚を築かせたことから などの説があります。
 江戸時代の村高は804石余で旗本の岡野氏ら四人の領地でした。明治2年(1869)兵庫県に属し、同22年稲野村の大字、昭和15年合併によって伊丹市に入りました。
 大正14年(1925)の阪急稲野住宅地経営や、昭和12年、稲野村耕地整理組合による約21万7000坪の宅地化などにより、かつての農村の姿はうすれ、緑豊かな住宅地となっています。


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