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旧制伊丹高等女学校は大正10年(1921年)に創設され、同12年(1923年)、現在の行基町4丁目、伊丹市立伊丹高校の場所に新校舎が落成した。
校舎の玄関は北向きで、当時の写真を見ると玄関正面に門があり、門柱はレンガ積みでる。
この門を出てまっすぐ行くと、「町の小さな文化財第1回」で紹介した行基橋に行き当る。校舎落成の頃は学校の周囲は広々とした田園地帯で、阪急伊丹駅から学校までの通学路には一軒の家もなかったと「県立伊丹高校90年史」に記されている。
伊丹高等女学校は昭和23年の学制変更により旧制伊丹中学と統合、県立伊丹高校として市内緑ヶ丘に移転する。
その後敷地は市立伊丹高校に引き継がれ、女学校時代の建物は現在見当たらないが、レンガ積みの門柱はモニュメントとして今も残されている。
門柱は鋼材で補強され、鉄製の門扉は後に取付けたもので現在は使用されず、閉鎖されている。傍には丹鈴会(女学校の同窓会)により石碑が立てられている。
校舎が落成した大正12年から緑ヶ丘へ移転した昭和23年までの25年間、伊丹高女の乙女が日々通った想い出の門である。
 (松田 記





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