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昆陽寺境内西側に、凱旋記念碑と忠勇義烈頌功碑が並んであり、その前にこれらの碑を守るかのように兵卒の石像が配置されている。
凱旋記念碑には明治37、8年の日露戦争において、昆陽村、千僧村、新田中野村、池尻村、寺本村、山田村、野田村堀池村、南野村御願塚村の各村から出征凱旋した計117名の氏名が記されている。
これらの10か村は明治22年に猪名野村に合併統合して旧村名は大字名として残されたが、凱旋記念碑には旧村で表示している。
当時の軍装で銃を携帯した兵卒の石像は高さ1m余り、表情姿勢の線が硬く、稚拙な感じのする作りである。

昆陽寺境内には、明治44年の大演習に乃木大将が伊丹を訪れたことを記念する 『乃木大将記念碑』 がある。
しかし戦功成し遂げた陸軍大将の記念碑より、無事凱旋を果たしたか、もしくは戦地で斃れた兵卒を刻んだ石像に魅かれるものがある。


 (松田 記)





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