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昆陽池の南西側、松ヶ丘1丁目の昆陽池西交差点に北向き地蔵がある。
昆陽寺方面 に向かう行基道が有馬道から分岐する地点である。北向き地蔵保存会は「宝暦3年(1753年)3月昆陽村市場町の角屋五兵衛が昆陽村墓地の北側に建立、昆陽寺への道しるべとして行旅の利便に供した」と記している。
地蔵の台座には“右行基菩薩道”と印されており、道標を兼ねている。道路整備等に伴い何回かの移動の後現在地に落着き、立派な祠に祀られている。
昭和28年国土地理院発行2万5千分の1の地図には有馬道、行基道の分岐あたりに「池茶屋」の記載がある。聞くところによると、昭和30年代中頃まで茶店風の売店があったらしい。池茶屋から2km南西の西国街道には「髭茶屋」があり、今は尼崎市および阪急バスのバス停にその名を留めている。また1.5km北西の有馬道、宝塚市安倉地区の旧字名には「姥(ばんが)茶屋」があった。
現在は「姥ヶ(うばが)茶屋伊丹線」という県道331号線の名称として残っている。しかし「池茶屋」の名は今では見当たらない。

 (松田 記





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